太陽が眩しかったので

 白昼思わず声が出た。
「うわっ、死ね!」
 爽やかな日差しの住宅街に軽い声。前を歩いているサラリーマンが振り返った。何年も前の嫌なことがフラッシュバックして、過去の自分を罵った。自転車に乗ったヤクルトレディが聞かないふりして僕を抜き去った。

 高校2年の頃だ。僕はラインを入れるのを渋っていた。おかしなやり方で、硬派を気取っていた。気取らなくてはいけない気分にとらわれていた。それでも膝を屈して、部活のラインに加入した。
「あ、〇〇来た笑」
「なんですか、その「あ、ほんとに来た」みたいな笑」
 そんなんじゃないよ〜、と弁解をもらったが、正直その言葉すら空気を守る方便なんじゃないかと疑う心が止められなかった。本当は、末尾の「笑」すら付けたくなかった。
 自分のやり方が空気を壊すことはわかっていた。この少人数の部活のふわふわとした嘘つきの和やかさに僕は馴染むことができなかった。それでも馴染めないなりに馴染もうと努力していた。しかし依然として、訳を知ったかのような「大人のような」当たりの柔らかさが心底嫌いで、恐れていた。そういう空気にそぐわないようなことばづかいは、極めて冷たく排除されるような気がした(排除しない柔らかさ、という形で)。僕は元来、あまり育ちのいい人間ではないかった。加えて、きっと本当に僕は彼らと住む星が違っていたのだろう。窮屈でいて、しかしそれでも僕の言動はどこか周囲をひりつかせた。僕は「不安定」と言われた。キャラクターが迷走している、という意味だ。

 中学のときから陥っていた疑心暗鬼は収まる気配を見せなかった。素直な気持ちを諌める、過度に意地悪な自分が常に自分の揚げ足取りをしていた。少しでも嫌われる余地があれば、そこを執拗に突きつけてきた。

 ある日、下校しようと下駄箱を開いた。手作りらしい袋に入って、某か手紙がぎっしりと詰まっていた。「こういうときは、どう思えばいいんだっけ……」えっと、答えは嫌悪と吐き気だ。そうだった。僕は期待する心を押さえつけて、まず初めの封筒を開いた。そこには、「好きです」みたいなことが、簡単に書かれていた。「うわ、気持ち悪い……」そう思うようにしながら、大きな手作りの封筒を開いた。下手な筆致で僕の似顔絵らしきものがでかでかと笑っていた。

 血の気が引いた。封筒を取り落とした。人に見られぬよう急いでカバンの底に突っ込んだ。跳ねる心臓を誤魔化しながら、自宅へ続く道を急いだ。零れ落ちそうなひどい曇天だった。誰もいない暗い家で、ソファに腰掛けて封筒を検めた。嫌悪が期待と怖気とにほんとうに混じり合ってしまって、もう何もわからなくなってしまった。

 僕の部活は誕生日イベントというのをよくやった。たくさんある封筒はみな部員からのメッセージで、その多くは大概、僕を祝った言葉だった。部長からの手紙の末尾にはこう書かれていた。「どう?もしかして期待した?笑」
 さすがに冗談にしても悪質だと思った。ほんとうの意地悪じゃなくてよかったとほっとしたように緩む口角を恨みながら、僕は自分の部活を心底呪った。一体何に踊らされているのだろう。悪意がオブラートに包まれて、こうして自分の手によって自宅まで配達されてきた。封筒たちはなるべく人目につかないところに隠して仕舞った。次の日の放課後は何事もなかったかのように、少しの照れ笑いを作りながら部活へと向かった。

 本当は誰が悪かったのだろう。いやみったらしい部活の空気か。キャラの定まらない僕自身か。本当はみんな作り話なのだ。ラインなんか高校に上がってすぐインストールして、毎晩遅くまでスタンプを送り合った。部活は帰り道にボーリングやカラオケに寄っていくほど仲良しだった。あんまりなメッセージなんか目にしなかった。人からの贈り物に吐きそうになるなんてこともなかった。それでも僕は毎日口から飛び出しそうな衝動を押さえつけるのに必死だった。未だにわざとらしい現在と好対照に、いつも生々しく本物の衝動だ。それで時折こうして出て来てしまう。過去に怯える情けなさを人に知られぬようにしている。戦のような日々。過ぎゆくことを毎日祈っている。